研究概要
私たちの研究室では、地球環境や人にやさしい元素を用いて、社会に役立つ新しい物質や機能を生み出す研究を行っています。
合成から物性測定、理論計算までを自ら手がけることで、物質を深く理解し、その中に秘められた可能性を引き出します。キーワードは「相転移」「相制御」「双安定性」「スイッチング」です。これらは、外部刺激によって光学的・磁気的・電気的性質が切り替わる機能性物質の研究の核心をなす概念です。現在、金属錯体や金属酸化物を中心に、光・圧力・温度などの外部刺激に応答して、リバーシブルに性質が変化する環境調和型の新しい機能性物質、新たな物性現象の発掘に挑戦しています。
相転移について:物質の相転移の研究は、原子間相互作用の成り立ちに始まり、短距離秩序から長距離秩序の形成、そしてその集合体のダイナミクスに至るまで、化学と物理を横断する学際的な分野として発展してきました。私たちはこの分野を固体化学と固体物理の視点から探求し、物質の双安定性や相転移の普遍的な原理を明らかにすることで、次世代の持続可能な材料開発へとつなげることを目指しています。
シアノ系金属錯体・分子磁性材料
分子磁性材料のなかでも、特にシアノ系金属錯体に注目して、研究を進めています。これまでに、電荷移動型構造相転移(温度変化や光による色彩スイッチング)、光誘起相崩壊(準安定相から安定相への光相転移)、可視光可逆な光強磁性-反強磁性転移(青光と緑光で磁石をON-OFF)など、様々な相転移現象を報告しています。[Nature. Commun., 15, 267 (2024). Angew. Chem. Int. Ed., 63, e202408284 (2024). Nature. Commun., 14, 8466 (2023). Angew Chem. Int. Ed., 60, 23267 (2021). Phys. Rev. B, 102, 134104/1-13 (2020). Scientific Reports, 8, 63/1-11 (2018). など。その他関連論文56報]

銅クロム・プルシアンブルー類似体(CuCrヘキサシアノ錯体)は、結晶中にナノメートルサイズの空隙(細孔)を有する化合物です。私たちは、この材料に外部圧力を加えることで、結晶内部に保持されていた水分を効率的に排出できる現象を発見しました。実験の結果、1 kgの材料から約240 gの水が得られました。この現象は、圧力印加によって細孔内の水分子と銅イオンの電子状態が変化し、もともと親水的だった細孔が疎水的に変化することに起因します。これまで報告されてきたオンサイト水生産技術の多くは、温度差や湿度差を利用する方式であり、自然環境条件に大きく依存し、長時間の環境変化を待つ必要がありました。一方、本研究で開発した材料は、温度や湿度の制御を必要とせず、単純な加圧操作のみで水を取り出すことができる点で画期的です。[J. Mater. Chem. A, 13, 18007 (2025).]

磁区(magnetic domain)の理解は、磁石の磁気静特性を解明するうえで不可欠ですが、これまで分子磁石における磁区構造は報告されていませんでした。本研究では、CrCrヘキサシアノ錯体 (CrCrプルシアンブルー類似体)とFeCrCrヘキサシアノ錯体 (FeCrCrプルシアンブルー類似体)の電気化学薄膜を合成し、世界で初めて分子磁性体の磁区を観察しました。[J. Am. Chem. Soc., 145, 22934 (2023).]

相転移とフォノンモードの関係についても研究しています。例えば、電荷移動を誘起する特定のフォノンモードが存在することを明らかにしたり、第一原理バンド計算により求めた生成エンタルピーと、第一原理フォノンモード計算から求めた熱力学パラメーター(エンタルピーやエントロピーやギブス自由エネルギーなど)の温度依存性を用いて、相転移の可能性を議論するという計算手法を考案したりしています。また、常に物質合成を行い、新しい磁性錯体を合成し、磁気特性やスイッチング特性を調べています。[Nature. Commun., 15, 267 (2024). Angew. Chem. Int. Ed., 63, e202408284 (2024). Nature. Commun., 14, 8466 (2023). Angew Chem. Int. Ed., 60, 23267 (2021). Phys. Rev. B, 102, 134104/1-13 (2020). Scientific Reports, 8, 63/1-11 (2018). など。その他関連論文56報]

酸化チタン
酸化チタンには多くの種類がありますが、本研究室では、Ti3O5, Ti4O7について研究しています。特に、ラムダ型Ti3O5は、当研究グループ1が2010年に初めて発見した新種の酸化チタンで、ナノ粒子・ナノ結晶でのみ存在できる構造体です。室温で可逆な光スイッチング(光誘起相転移)を示す唯一の金属酸化物です。また、圧力誘起相転移にもとづき、圧力応答型蓄熱特性というユニークな熱特性を示すことを、当研究グループ2が報告しました。本研究室では、ラムダ型Ti3O5ついて、物質合成を通して特性の制御を行ったり、様々な分校測定を行い相転移現象の物理的解明を行ったりしています。一方、Ti4O7は、酸化チタンとして最も高い電気伝導度を示し、室温から温度を下げると金属-無秩序型半導体-秩序型半導体の2段階の相転移を示す興味深い物質です。本研究室では、Ti4O7ついて、粒子サイズや形態を変化させて、物理特性の制御を行っています。[Mater. Advances, 5, 3832 (2024). J. Phys. Chem. C, 128, 13991 (2024). Nature Commun., 12, 1239 (2021). Mater. Res. Lett., 8, 261 (2020). など。その他関連論文13報、成立特許31件]
1 当時に所属していた東京大学・大越研究室グループ (S. Ohkoshi, et al., Nature Chem., 2, 539-545 (2010).)
2 東京大学・大越研究室との共同研究 (H. Tokoro, S. Ohkoshi, et al., Nature Commun., 6, 7037 (2015).)


酸化鉄・イプシロン型フェライト
2004年に初めて報告された巨大保磁力を示すイプシロン型酸化鉄材料に注目して、研究を行っています。イプシロン型酸化鉄の異方的結晶成長の起源を解明したり、粒子サイズを変化させて磁気特性を制御したりしています。さらに、磁気力顕微鏡(MFM)探針としての有用性についても研究しています。[Eur J. Inog. Chem. 27, e202400148 (2024). Bull. Chem. Soc. Jpn., 95, 538 (2022). J. Mater. Chem. C,10, 10815 (2022). Dalton Trans., 50, 452-459 (2021). など。その他関連論文11報、出願特許24件]

多様な機能を持つ単分子磁石
多機能型のセンサーやデバイスの需要が高まる現在において、一つの材料に多様な機能性を組み込んだ、マルチ機能性材料のに関する研究が盛んに行われています。我々の研究室では、ランタノイド系の元素がもつ特殊な性質を利用して、ランタノイド錯体からなるネットワーク構造体を構築し、多機能材料を実現するという研究を進めています。
例えば、私たちが合成したCoIII–YbIII–CoIII三核分子錯体では、イッテルビウム(Yb)が近赤外発光を示し、この特性を利用した光学的温度センサーや、磁気高密度記録媒体として有用な挙動を示します。また、H5O2+という陽イオンを豊富に含むため、超イオン(プロトン)伝導を示します。このように、光–磁気–電気という3つの物理的な機能性を併せ持つ化合物は珍しく、注目されています。

