研究概要

固体物質における相転移の研究は、相互作用の成り立ちからはじまり、短距離秩序の形成、長距離秩序への発達、長距離秩序が支配する集合体の動力学など、化学·物理を問わず、多くの研究者の関心を引き付けて、長い年月をかけて発展してきた学際的分野です。

本研究室では、固体化学・固体物理分野に主軸をおいて研究を行っています。固体物質の合成を通して物質の双安定性を制御し、今までにないような相転移現象(スイッチング現象)を見つけたり、今までに見出されてこなかった準安定相を発掘して、新しい物性を探索していくことを目的としています。

物質の双安定性や相転移を根本から理解し、多くの実例からユニバーサリティを見つけて物質開発に役立てていくことをコンセプトとし、日々研究を行っています。

シアノ系金属錯体・分子磁性材料

分子磁性材料のなかでも、特にシアノ系金属錯体に注目して、研究を進めています。これまでに、電荷移動型構造相転移(温度変化や光による色彩スイッチング)、光誘起相崩壊(準安定相から安定相への光相転移)、可視光可逆な光強磁性-反強磁性転移(青光と緑光で磁石をON-OFF)など、様々な相転移現象を報告しています。

相転移とフォノンモードの関係についても研究しています。例えば、電荷移動を誘起する特定のフォノンモードが存在することを明らかにしたり、第一原理バンド計算により求めた生成エンタルピーと、第一原理フォノンモード計算から求めた熱力学パラメーター(エンタルピーやエントロピーやギブス自由エネルギーなど)の温度依存性を用いて、相転移の可能性を議論するという計算手法を考案したりしています。また、常に物質合成を行い、新しい磁性錯体を合成し、磁気特性やスイッチング特性を調べています。

酸化チタン

酸化チタンには多くの種類がありますが、本研究室では、Ti3O5, Ti4O7について研究しています。特に、ラムダ型Ti3O5は、当研究グループ1が2010年に初めて発見した新種の酸化チタンで、ナノ粒子・ナノ結晶でのみ存在できる構造体です。室温で可逆な光スイッチング(光誘起相転移)を示す唯一の金属酸化物です。また、圧力誘起相転移にもとづき、圧力応答型蓄熱特性というユニークな熱特性を示すことを、当研究グループ2が報告しました。本研究室では、ラムダ型Ti3O5ついて、物質合成を通して特性の制御を行ったり、様々な分校測定を行い相転移現象の物理的解明を行ったりしています。一方、Ti4O7は、酸化チタンとして最も高い電気伝導度を示し、室温から温度を下げると金属-無秩序型半導体-秩序型半導体の2段階の相転移を示す興味深い物質です。本研究室では、Ti4O7ついて、粒子サイズや形態を変化させて、物理特性の制御を行っています。

1 当時に所属していた東京大学・大越研究室グループ (S. Ohkoshi, et al., Nature Chem., 2, 539-545 (2010).)
2 東京大学・大越研究室との共同研究 (H. Tokoro, S. Ohkoshi, et al., Nature Commun., 6, 7037 (2015).)

酸化鉄・イプシロン型フェライト

2004年に初めて報告された巨大保磁力を示すイプシロン型酸化鉄材料3に注目して、研究を行っています。イプシロン型酸化鉄の異方的結晶成長の起源を解明したり、粒子サイズを変化させて磁気特性を制御したりしています。さらに、磁気力顕微鏡(MFM)探針としての有用性についても研究しています。

3 J. Jin, S. Ohkoshi, K. Hashimoto, Adv. Mater., 16, 48-51 (2004).

多様な機能を持つ単分子磁石

多機能型のセンサーやデバイスの需要が高まる現在において、一つの材料に多様な機能性を組み込んだ、マルチ機能性材料のに関する研究が盛んに行われています。我々の研究室では、ランタノイド系の元素がもつ特殊な性質を利用して、ランタノイド錯体からなるネットワーク構造体を構築し、多機能材料を実現するという研究を進めています。

例えば、私たちが合成したCoIII–YbIII–CoIII三核分子錯体では、イッテルビウム(Yb)が近赤外発光を示し、この特性を利用した光学的温度センサーや、磁気高密度記録媒体として有用な挙動を示します。また、H5O2+という陽イオンを豊富に含むため、超イオン(プロトン)伝導を示します。このように、光–磁気–電気という3つの物理的な機能性を併せ持つ化合物は珍しく、注目されています。