Grenoble渡航記

 2019年の11月から1ヶ月半の間、研究研修のためフランスのグルノーブルという街に滞在させて頂きました。山に囲まれたグルノーブルは「アルプスの都」とも呼ばれるそうで、街中からでも雄大なアルプスの山々を眺めることができました。しかし、田舎というわけではなく、市内にはトラム(路面電車)も10分ほどの間隔で走っているなど、とても生活しやすい街だという印象を受けました。
 今回の滞在ではフランス国立科学研究センターに属するネール研究所のDr. Lucien Besombes, Dr. Herve Boukari のもとでお世話になりました。量子ドットの研究テーマは彼らとの共同研究になっており、普段は筑波で作製した試料をフランスへ郵送し、この研究に欠かせない顕微PL測定と呼ばれる光学測定を依頼しています。また、研究の中で現在の大きな目標となっているのが「表面弾性波を用いたCrスピン状態の制御」です。この実験を行うためにはリソグラフィ等の微細加工技術を用いた電極形成が必要であり、このデバイス加工についてもフランスで取り組みが行われていました。今回の滞在の目的は、この光学測定および微細加工技術を自らの目で確かめ、理解を深めることでした。

 研究生活がスタートしてまず求められたのは、彼らの研究スタイルに慣れることでした。光学測定の専門家であるLucien先生が、自ら第一線の研究者として光学測定や解析を怒涛の勢いで進め、彼の下で学ぶ博士課程の学生Vivekanandさんがそれをサポートするような形で技術や知識を吸収していました。光学測定については、簡易的な測定を日本でも行っていましたが、彼らの用いていた光学系は自分たちのものよりずっと複雑で、初めのうちは今どのような測定をしているのかも分からないような状態でした。Lucien先生はその複雑な光学系を自在に操り、彼のペースで次々に測定を進めていきます。私はその様子に圧倒されてしまい、ただただ実験手順を追うだけで必死でした。そんな中で、世話役として生活面でのサポートを行ってくださったHerve先生から、次のようなアドバイスを頂きました。

 「私たちは研究者であり教師ではない。疑問があったらためらうことなく全て質問しなさい。そうしなければ、君は何も学べずに帰ることになってしまう」

現状を見透かされたようなこの言葉を聞いて、私は自分が受け身の姿勢になってしまっていたことに気付きました。そこからは、疑問があれば積極的に質問するように心がけ、Lucien先生も私の拙い英語を汲み取って丁寧に答えて下さり、少しずつ実験への理解を深めることができました。また、Vivekanandさんからは主に微細加工の実験について学びました。彼もまた一人の研究者として実験を計画的に進めていて、親身になって日々の作業を紹介してくれました。研究生活の全般に渡って、同じくLucien先生の指導を受ける立場として私をサポートして下さり、とても心強い先輩だったと思っています。

 彼らの研究スピードについていくのは大変でしたが、初めて経験する実験ばかりだったので、毎日新しい学びがありとても刺激的な日々を過ごすことが出来ました。特に印象的だったのが、滞在が始まって3週間ほどたったある日の実験でした。ちょうど私がフランスに着いた少し前から、「表面弾性波を用いたCrスピン状態の制御」に向けた試料加工と光学測定が続けられていましたが、電極加工の品質が不十分で失敗が続いていました。そして、私がフランスに着いて微細加工の様子を見学したまさにその試料の光学測定を行い、表面弾性波によるスペクトルの変化を捉えることに初めて成功したのです。彼らはこの結果を得るために長い間試行錯誤を繰り返しており、成功が分かった瞬間は興奮を抑えきれない様子でした。私は偶然その場に居合わせただけの身でしたが、実験における数少ない大きな成功を体験することができ、自分も将来このような経験ができるよう努力していきたいと感じました。

 私は今まで一人で海外旅行に行った経験もなく、短期ではあるもののいきなり海外留学をすることには不安もありました。しかし、いざ始まってみると日常生活にはほとんど困ることは無かったです。英語圏ではないので、街のスーパーなどでは英語が通じないこともありましたが、身振り手振りや、今ではWeb翻訳も発達しているので、案外なんとかなります。言語だけではなく、生活スタイルや仕事の習慣(日曜日はほとんどのお店が休業!)など、様々な面で日本との違いを実感しましたが、それも含めて良い経験が出来たと思っています。

 最後に、フランス滞在中にお世話になったネール研究所の皆様、留学を後押しして下さった黒田先生、そして日本での実験状況を知らせてくれた量子ドットチームのメンバーをはじめ、黒田・金澤研究室の皆様に感謝したいと思います。


数理物質科学研究科 物性・分子工学専攻 博士前期課程1年 有野雅史 (2020/01/18)



写真


バスティーユ城砦

バスティーユ城砦

Herve先生(左)、Lucien先生(右)

Herve先生とLucien先生

クリーンルーム

クリーンルーム

顕微PLの光学系

顕微PL