{kakikaki}
A New Vortex Phase and The Vortex Solid-Liquid Transition in Bi2Sr2CaCu2O8+d


筑波大学物質工学系
数理物質科学研究科物性・分子工学専攻
門脇 和男

はじめに

高温超伝導体の磁束状態は、従来の単純な第2種超伝導体の相図からは予想できなかった、驚くほど多彩な様相を示すことがこれまでの研究によって明らかになっている。高温超伝導体の超伝導状態の特質がよく理解できなかった初期の頃、従来の視点から理解しようとしたため、少なからぬ概念上の混乱が続いたが、外部磁場がc-軸方向のみならず、ab-面内の場合も最近活発に研究が行われはじめ、数多くの実験結果が超伝導磁束状態の全体像を描き出すのに十分なほど蓄積されてきてようやく、このような多彩な磁束相の出現は高温超伝導が本質的に強い超伝導揺らぎ状態にあり、また、高温超伝導体が特徴的な2次元的なCuO2面をもち、そのCuO2面に超伝導の秩序パラメ−タ−が局在しており、結局、単位胞内に空間的に不均一な超伝導状態が出現するので磁束にはそれが固有のピニングポテンシャルとして働くことが高温超伝導体の磁束状態の複雑性の主要な原因として理解されるにいたっている。このような状況は飽くまで理想的な超伝導状態においてのみ成り立ち、現実の物質ではたとえ高品質とはいえ様々なピン止め効果があり、ピン止めポテンシャルの数、種類、強さなど、さらに複雑な状況が加味されてくることになる。これらをすべてを考慮することは到底不可能であり、非現実的であることは明らかである。従って、ある特定の状態、たとえばできる限り少ないパラメ−タ−のみが関与する現象が発現するように他のパラメ−タ−を固定し、そのパラメ−タ−を少しずつ変えながら実験を繰り返すことによって全体像を描き出そうとするのは一つの成功法であろう。

我々はこのような観点に立ち、まず、できる限り理想的な超伝導体結晶から出発し、少しずつ柱状欠陥を導入したとき、磁束状態がどのように変化するかを柱状欠陥の数,n,(あるいは柱状欠陥数と等しい磁束線の数が存在するときの磁束当量,Bf)をパラメ−タ−として追ってみた。その結果、nが増加するにつれ、n=0の時観測される1次の相転移として記述される磁束格子融解現象が約Bf=100 G以上で1次転移としての性格を失い2次転移となり、それ以上柱状欠陥が増加すると不可逆線は急速に高温高磁場側へ移動していくことが分かった。この不可逆線は、高温側では約80 Kほどまで上昇するとそれ以上nを増加してももはや高温側へ移行しなくなり、上限が80 K付近に存在することが分かる。一方、高磁場側では不可逆線はほぼ照射量に比例して増加していくが、照射量が5 T以上となると超伝導転移点,Tc,に対する照射効果が顕著となり、Tcが急速に減少してしまう。Bf?数kOe以上の濃度の柱状欠陥が導入されると、それに伴う強いピン止め効果が支配的となってくる。このような状態はNelsonとVinokurによって提唱されたボ−ズガラス(Bose glass)相[1]として比較的よく説明されることが分かった。しかし、低温領域では良質単結晶にもかかわらず内在している残留ピン止め効果が顕著に現れ、この柱状欠陥によるピン止め効果はその一部分を担うことになる。この残留する強いピン止め効果は酸素欠陥などによるものと考えられるが、その起源はそれほど明確になっているわけではない。

柱状欠陥を導入すると不可逆線直下と照射磁束当量Bfの1/3〜1/4の付近に磁化の極大(ピ−ク効果)が観測され[2,3]、さらに、Bf以上の液体状態に弱いながらも不可逆的な磁化の振る舞いが観測されることが分かった。これらの起源については今日においても必ずしも明らかでない部分もあるが、その発現機構論ずることにする。また、最後に述べた磁束液体状態での磁化の異常現象は照射の有無には依らず存在し、n=0であっても観測される。このことは残留するピン止め効果がない場合でもそれが存在することを必ずしも意味しないが、磁束液体相で存在する新しい磁束状態を強く示唆している。すなわち、磁束液体状態は、少なくともこのBi2Sr2CaCu2O8+d系においては均一な単一相ではない可能性が強い[4]。この結果は、最近、野々村等のコンピュ−タ−数値計算によっても示唆されている[5]。

これまで、磁場はc-軸方向にかけられた場合を想定していた。磁場がc-軸からab-面内に傾いた場合、さらに興味深い現象が発現する。全貌をここで紹介するにはあまりにも紙数に余裕が無いのでここではその一端を最後に紹介するにとどめよう[6]。