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New3SC-3国際会議に出席して

筑波大学物質工学系教授 門脇和男

表題の国際会議が1月15日から19日まで、ハワイで開催された。この会議は正式な名称が"The Third International Conference on New Theories, Discoveries and Applications of Superconductors and Related Materials"ということで、超伝導関連のことであれば何でもOKと言った会議である。タイトル通り、今回が3度目で、前回はラスベガス(1999年)、第1回目はバトンル−ジ(1998年)で行われた。主催者は、Prof. J. D. Fan (Timbuktsu Academy, Department of Physics, College of Science, Southern University and A&M College)で、この分野ではほとんど無名の中国系アメリカ人である。

まず、会議の主な内容をご紹介しよう。初日は午前8時から始まったが、プレナリ−セッション最初のスピ−カ−として予定されていたR. Laughlinが風邪のため欠席したため、急遽、D. Pavunaが一番手をつとめた。どうやらまたあれ気味のスケジュ−ルかな、と先行きの不安を覚えた。Pavunaは、実はこの会議の陰の立て役者の一人であり、特に、高温超伝導に関するこれまでの世界的な動きを間接的、かつ、批判的にまとめて述べたため、この会議の目的が多くの参加者に無意識のうちに明らかになったのではないだろうか。そういう意味ではLaughlinよりよかったと思うが、しかし波乱含みの予感は的中し、4番目のプレナリ−スピ−カ−のJ. Bokも欠席で、代わりに彼の女学生が発表していた。フレンチ訛りの強い英語でほとんど理解できなかったが、相も変わらず2次元性に由来したVan Hove singularityで高温超伝導を導く話であったと記憶する。

2人目のプレナリ−スピ−カ−は韓国のS. H. Salk等がt-Jモデルを隷属ボゾン(slave boson)法を用いてTcのx依存性を説明でき、さらに超伝導の光学伝導度、超伝導の重み、スピンギャップなど定量的(?)に説明できることを示した。同様な理論的アプロ−チとして、3人目のMaekawa等は、最近のShen等による高温超伝導体の絶縁体相における光電子分光実験の結果から、下部ハバ−ドバンドがよく解明されてきたが、上部ハバ−ドバンドに関しての実験的情報が少ないことに着目し、共鳴非弾性X線散乱(RIXS)を用いれば粒子-空孔の対象性がモットギャップ付近で調べられる可能性があると述べた。

その後、セッションはApplications and Measurements、午後に入ってパラレルセッションとなりMechanism of Superconductivity I: Magnetic、t-J model、Pseudo gap and gap symmetry I、 Raman and IR spectroscopy、Hubbard Model I、Mechanism of Superconductivity II: Phononic、同様にCoulombnicと続き、Applications and devices、Physical properties of Superconductors Iなどと続き初日を終了した。今思い返してみると、このような多彩、かつ、壮大(?)なセッションのタイトルであったことに気がつくが、セッションに出なかったわけではないのにその間のメモをみてもなぜか全く印象にない。

その夜7時からポスタ−セッションがおこなわれた。登録された件数は57件あるが、少なからず掲示されていないポスタ−があった。しかし、午後の講演よりはポスタ−の方が収穫があった。ポスタ−は一つのコミュニケ−ションの場であるからである。1昨年、話題を巻き起こしたNaxWO3について、Reichは今もなお超伝導であると主張している。数10個の試料で測定し、そのうち半分程度は超伝導(しかし、表面層であるという)と自信ありげに話していたのが印象的だった。

会議の全体の構成として、午前は同一会場で、午後は4会場で個別のテ−マの発表が平行してなされた。とても全内容は紹介できないので、特に筆者にとって印象が強かったもののみを以下にいくつか、感想を含めてご紹介するにとどめる。なお、会議のproceedingsはPhysica Cから出版予定である。

まず、冒頭でPavunaは、この会議が高温超伝導機構の主流(おそらく磁気的相互作用を超伝導機構とする考え方を指すと思われる)からはずれた、あるいは、それ以外の機構を支持する研究者の会議であることを鮮明にした講演を行い、磁気的相互作用のみを考慮し、なぜそれ以外の相互作用(広い意味での電子-格子相互作用)を考慮しないのかと表現力豊かに演説した。彼は、さらに続けてBa1-xKxBiO3(Tc,max=32 K)系、アルカリド−プAxC60(A=RbCs2の時、Tc,max=33 K)系、LixHfNCl (x=0.3付近でTc,max=26 K)系、最近発見されたMgB2(Tc=39.7 K)などはTcが銅酸化物ほどは高くないが、これらの超伝導は銅酸化物の超伝導とは異質なのか、と対抗色を鮮明化した。これには、高温超伝導体でもアイソト−プ効果があること、また、フォノンの異常現象が最近注目されていて、Mook等によれば磁気的ストライプはこのフォノンの異常現象と関係しており、磁気的相互作用はTcが高くなるほど弱くなること、などの実験結果に支えられていると思われる。事実、Mookは彼の講演の中で、YBCOの中性散乱によるフォノンの実験から、高温超伝導はフォノンによるものであるとほぼ断言したのは印象的だった。Egami等も以前から局所的な電荷揺らぎが超伝導の発現に重要であると主張している。これに関連してFijita等の高圧下でのLa2-xSrxCuO4のTcのx依存性の実験結果は高圧で結晶変態を抑えるとTcは上昇し、アンダ−ド−プ領域でのTcのx依存性が釣り鐘型ではない可能性を示唆しており、これまでの常識を覆すものとして注目されている。結晶変態は電荷が静的な秩序状態を作った結果として発現し、電荷がCDW的な秩序状態を作れば、Cuはスピンを持っているので、当然、スピンもそれに伴った秩序状態を作ることが予想されるから、様々な現象が矛盾なく説明できそうに見える。

前回もそうであったが、講演やポスタ−の内容はまさに玉石混淆であった。プログラムの変更も多く、また、4セッションが平行して行われたため、興味ある発表も少なからず聞くことができなかった。この手の会議としては日本からの参加者は予想外に多かった。前回に比しても倍増といった感じがした。全体でも今回は前回の倍で、約200名の参加者と聞いている。

最近の物質面での進展はなんと言っても希土類を含むRuSr2GdCu2O8(RuGd1212と略記する)系と、RuSr2RE2-xCexCu2O10(RuRE1222)系の新しい磁性超伝導体であろう。これらの発展にはFelnerやBernhard(共同研究者のLinが発表した)等の功績が大きい。いずれも化合物としての存在は知られていたが超伝導化が困難であるため超伝導体としては知られていなかった。Tcはどの系も最大で約50 Kで、さらに高温の約130 K〜160 Kで反強磁性秩序状態となる。単結晶の育成が困難なためまだ明らかでない点が多いが、これらの磁性は基底状態においては反強磁性であり、高磁場、低温で強磁性が誘起される。驚くべき特徴は超伝導が壊れることなく強磁性状態と共存する点にある。Ru1212の場合について事情をもう少し詳しく述べよう。この系では結晶構造的にRuはYBCOのいわゆる1次元銅鎖の位置にあり、Ruの価数が5+のため酸素空孔はなく、Ruの周囲は酸素が8面体的な配列をしている。このRuの3個の4d電子がバンドとなり、強磁性を担っていると考えられている。一方、超伝導はちょうどYBCOと同じような構造を持つCuO2-Gd-CuO2の2層のCuO2面で発現していると考えられている。問題は、この磁気モ−メントのあるRuO6面が130 K〜160 Kで強磁性となり、超伝導を担うCuO2面と頂点酸素を共有してわずか4 Aしか離れていないことである。しかも、強磁場下ではRuは強磁性2次元面を形成し、c-軸方向に伝導するためにはこの強磁性面を通過せねばならない。強磁性磁気モ−メントは超伝導ク−パ−対を破壊するから超伝導は消滅すると予想されるが、この系では超伝導と強磁性が微視的なレベルで共存していることが実験的に知られている。RuRE1222系でも状況は同様である。

これらの一連の物質はおよそ20年前に大いに研究された従来の磁性用伝導体より次の点でさらに興味深い。これまでの磁性超伝導体はErRh4B4やChevrel相化合物であるREMo6S8、REMoSe8、さらにその後になって1994年に発見されたRENi2B2C化合物であり、磁性は局在した希土類元素が担い、伝導電子はそれをさけるようにバンドを形成し超伝導を作っている、いわば2相分離共存系として理解されている。超伝導を担う電子と磁性を担う電子が違うのである。超伝導と磁気モ−メントとの相互作用は大変弱いが存在するため、これらの系では磁気モ−メントが自発的か磁場で誘起されたかにはよらずに強磁性になると超伝導は消失してしまう。すなわち、従来の磁性超伝導体では微視的なレベルで強磁性と超伝導の共存は知られていないのである。これに対してRu系の超伝導と強磁性の問題はもう一歩進んで、Ruのバンド強磁性と超伝導を担う電子が入れ混じり、共存が示唆されているのである。この結論には次の実験結果が重要な役割を果たしている。

高圧合成されたRuSr2YCu2O8においてTokunaga等はRuとCuのNMR、NQRを測定し、驚くべき結果を発表した。すなわち、超伝導転移転移点以下の温度になるとRu核のスピン-格子緩和率T1がちょうどCu核のT1と同様に高温超伝導特有の温度依存性(Tc以下でT1は急速に遅くなる)を示すことを発見したからである。この実験事実は少なくとも磁性を持つRu原子の核において超伝導電子(CuO2面上の電子が超伝導であるとすればその電子)の影響を受けていることを意味しており、きわめて興味ある結果であると思われる。残念ながら試料の質が悪く、複数の共鳴が観測されること、Tcの幅がおよそ20 Kもあることなど、今後改善が望まれる。

このような一連の関連物質として筆者等はFeSr2RECu2O8(RE=Nd,Sm,Eu,Gd,Dy,Ho,Er)系の合成と超伝導物性について最近の結果を述べた。この系は我々が新しく合成した超伝導体で、Feを100%格子点に含む初めての高温超伝導体である。Tcは最高45 K程度である。その後、約10分間、余分に時間を頂いて、ごく最近、Akimitsu等によって発見されたMgB2の基本的な超伝導特性について報告した。この系はAlB2型の結晶構造でBが層状ハニカム構造をなし、6角網の目構造の層間中心にMgが存在する比較的簡単な構造をとる。Tc=40 Kで金属間化合物としてはもちろんNb3Geの23 Kを大きく越えるため驚きも大きい。世界的な反響も大きく、最近、毎日のようにプレプリントサ−バ−(//mentor.lanl.govを見よ)に関連の論文が投稿されている。

このMgB2系の超伝導機構はどう見てもスピンを主体とした機構とは考えにくい。それでは、この系のTc=40 Kは従来通りの電子-格子相互作用で説明できるのであろうか。20年以上も前、筆者等が大学院生の頃、すでに超伝導転移点の上限が23 Kで頭打ちとなり、電子-格子相互作用では30〜35 KがTcの上限であるとされ、それ以来その教えはすたれることなく続いてきた。高温超伝導が発見されたとき、スピンにその起源を求めたのはそのような過去を強く引きずった人たちのごく自然な発想でもあったのである。この影響があまりにも強かったため、あたかも当然のごとく電子-格子相互作用は全くハミルトニアンから消し去られ、tとJのみが有効ハミルトニアンを支配するようになってしまった。Jが支配する超伝導という新しく、ファンシ−なモデル的な興味ももちろん加わり、その勢いが燃え上がり14年が経とうとしている。過去を知らない世代の若者は天からのお告げのように信じてそれを病まなかったし、それは研究室の主題とは相容れないので無視されてきたのが実状であろう。すでに例を挙げたように、その間、Ba1-xKxBiO3(Tc,max=32 K)、アルカリド−プAxC60(A=RbCs2が発見されはしたが、その機構はそのために高温超伝導とは別個に考察されてきた。高温超伝導は“銅酸化物のみの特殊例”として“銅の持つ磁性によって発現する特殊な超伝導“として取り扱われてきたのである。しかし、最近に至り、この考え方に大きなかげりが出てきたことは確かであろう。まだ最終的な結論が出たわけではないので何とも断言はできないが、少なくとも超伝導においては理論的予測が如何に無力であるかを思い知らされるのは筆者だけではあるまい。世論の濁流に流されず、独自の研究を続けることが如何に困難であるかがもよく理解できよう。tとJのみの超伝導機構に違和感を持ち続けてきた筆者にとって、今後の超伝導の正しい理解の行方を左右しているのは、唯一、新物質の存在であり、また、バイアスのない正確な実験事実のみであると信じている。新しい泉がいたるところからわき出てきて、やがて一つに合流し、真の大河となることを望んでいる。

最後に、次回はFan氏の故郷である中国で、揚子江の川下りをしながら船中会議という噂もあるがその詳細は不明である。会議の直前に配送されたメ−ルがたちの悪いウィルスに冒されていて被害を被った方が少なくなかったのではなかろうか。筆者もその一人で、一日かけたが修復できず、結局、HDをフォ−マットし直す羽目になったため、コンピュ−タ−を学生さんの手に渡して新たにコンピュ−タ−を立ち上げた。こんなひどい被害は初めてであった。会議関係者からのメ−ルと安心してはいけません。くれぐれもご注意を。なお、参考までに、この会議のホ−ムペ−ジはhttp://www.phys.subr.edu/conference/new3sc.htmにある。

(平成13年2月11日、筑波にて)