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極限環境を用いた超伝導体の臨界状態の解明
−磁場中の高温超伝導体はどこまで理解が進んだか?−

研究代表者 門脇和男 筑波大学物質工学系教授

 


超伝導体の磁束状態の理解は高温超伝導体の発見を契機に大きく変貌を遂げ、格段にその理解が深まった。その核心は磁束状態の相図に凝縮されている。すなわち、従来の超伝導体の磁束状態は、紐状の量子化磁束の集団がつくる単純な相図からなり、いわゆる混合状態が単一相として唯一存在するのみであったが、高温超伝導体では磁束線はパンケ−キ磁束となり、混合状態は磁束液体状態と磁束線固体状態に分割される。さらに、現実の物質では避けられないピン止め効果が加わることによって磁束線固体状態はBraggガラス状態や磁束ガラス状態、または、ピン止めの原因によってはボ−ズガラス状態など、きわめて多彩な様相を呈するようになる。ごく最近では、本研究によって磁束液体状態も実は単一相ではなく、2相に分離することが指摘されている。このように、高温超伝導体の磁束状態の複雑かつ多彩な現象を様々な実験手段を活用し解明し、超伝導の学術的基礎研究に貢献するとともに、派生する知識を最大限活用し、様々な形で応用し、豊かな社会を実現するための基礎を構築することが本研究の目的であり、また、研究の基本構想でもある。

この研究では主に次の3点を中心に研究が進められた。それらは@マイクロ波領域における超伝導と電磁場との強結合現象の解明、A超伝導体の臨界状態における量子化磁束線のダイナミックスの解明、B大型高品質単結晶育成と新超伝導物質の探索、である。これらの課題はそれぞれ密接に関連している。特に、Bは@Aの研究を支える上できわめて重要で、本研究が多くの世界的に優れた研究成果をあげている所以である。まずこの点から始めよう。

本研究では、ILSTSFZ法を用いた赤外線集光方式による新しい結晶育成技術を開発し、結晶育成が困難とされる高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2O8+dの高品質な単結晶を得ることに成功した。図1はILSTSFZ法によって得られた単結晶の写真(右)と、その育成技術の概念図(左)である。この大型単結晶試料は我々自身の研究に用いられているほか、STMによる超伝導ギャップの観察、正常状態の擬ギャップの検証(Geneve大学)、光電子分光による超伝導ギャップのd-波対称性の検証(Illinois大学)、中性子小角散乱を用いた磁束線格子の観察、磁束線格子融解現象の直接的検証(Birmingham大学)、中性子非弾性散乱による磁気励起の研究(ETH&PSI)などに用いられ、超伝導発現機構や磁束状態など、多数の国際共同研究を通して高温超伝導体の物性の理解に大きな貢献をしてきた。

このような高品質単結晶を用いて高温超伝導体内に内在するCuO2層間のジョセフソン結合の本質を明らかにした(研究主題@)。すなわち、層面に垂直方向での直流ジョセフソン効果の観測やジョセフソンプラズマの発見とその縦と横モ−ドの分離、Anderson-Higgs-Kibble機構の実験的検証、磁束線格子融解現象に伴う面間の超伝導位相差の測定など、この分野での研究を世界的にリ−ドしてきた。最近、ジョセフソン磁束状態とジョセフソンプラズマが強く結合し、電流注入と両立させることで電磁波の放射現象が観測され、これを応用することによって近未来におけるマイクロ波〜遠赤外領域における高感度検出器や発信素子への応用が期待されている。図2は最近観測されたジョセフソン磁束状態におけるジョセフソン縦プラズマ励起によるマイクロ波吸収周波数の面内磁場依存性を示す。高温側では磁場とともにゼロ磁場でのジョセフソンプラズマ周波数np=58.2 GHzより高周波数側へ共鳴磁場が移行する様子が分かる。磁場は通常、ジョセフソン結合を弱めるから、磁場中ではnpはゼロ磁場の場合より低いと考えられてきたが、この結果はこの常識を覆した。ジョセフソン磁束が規則的にCuO2面間に配列することでジョセフソンプラズマと強く結合した状態が発生するためと理解されるが、ジョセフソンプラズマ状態自身が本質的に非線形性現象であるため理論的解明は遅れている。今後の重要な研究課題である。

また、高温超伝導体の磁束状態の理解もこの5年間に大きく進展した(研究主題A)。その中で、磁束液体状態の理解は重要である。すなわち、磁束液体状態はこれまでピン止め力が喪失した混合状態とされてきたが、高温超伝導体では超伝導揺らぎ状態が本質的であり、正常状態と理解するのが正しい。この磁束液体相は、より低温では1次相転移を伴う磁束線格子融解線を経て磁束線格子状態へ移行する。現実の物質では残留するピニングの効果のため格子が乱れ、Braggガラス状態や磁束ガラス状態が出現する。この過程は残留するピン止めの原因やド−ピング状態にも依存するから複雑な様相を呈する。このようなピン止め力の効果を調べるため、重イオンをc-軸方向に照射し、柱状欠陥を導入して系統的にその影響を調べた。その結果、柱状欠陥量が磁場当量で約100 Gまでは磁束線格子が未照射試料の場合と同様に存続するが、それ以上では、まず、1次転移であった磁束線格子融解現象が消失し、2次転移的な不可逆線と化し、急速に高温高磁場側へ移行し、未照射試料で磁束液体状態であった領域に広く磁束ガラス状態が広がる。これは超伝導状態なので、超伝導領域が柱状欠陥を導入することで大幅に拡大したことを意味する。この領域はNelsonとVinokurによるボ−ズガラス理論で説明できることが分かった。

これまでは磁場はc-軸方向であったが、ab-面内付近での状況が最近、急速に明らかにされてきている。磁場をc-軸から傾けた場合、これまで信じられてきたスケ−リング則は予想に反して成立せず、代わって、角度に関して階段状の異常な振る舞いが発見された。これはジョセフソン磁束とパンケ−キ磁束が交差するために起こる一種のピン止め現象と理解される。また、磁場がab-面内では1次転移は消失し2次転移となるが、これはTc直下の1 K程度では再び1次転移へと復帰する。これはジョセフソン磁束状態の安定性と関連する現象として注目されているが、詳細は今後の研究に委ねられている。図3はH//abの場合の磁束状態の最新の相図である。

磁束状態のこのような複雑な現象は最近の超高速計算機による数値計算が適用できる格好の対象となっており、実験と理論は良い一致を示している。ピン止め効果を取り入れた複雑な計算なども可能である。理論と実験の厳密な比較検討ができる数少ない分野であり、今後、大いに発展が期待される。

なお、本研究の詳細はwww.ims.tsukuba.ac.jp, kadowaki.ims.tsukuba.ac.jpを参照して頂きたい。