学群生諸君へ 「物質科学と光物性工学 その面白さ」
数理物質系物質工学域 松石清人


 物質の性質を知るためにはその物質に様々な"働きかけ"をします。その"働きかけ"に対する応答を定量的に調べると、その物質がどのような性質を持っているのか、また、なぜそのような性質が現われてくるのかが解ってきます。ある物質に特異な性質を見出せれば、それを利用して物質に機能性を持たせ、新しいデバイスや素材を作り出すことができるでしょう。また、なぜそのような性質を示すのか解っていれば、その原理を基に新しい物質系を創製あるいは設計することさえできるでしょう。これが物性工学と呼ばれる分野です。人間生活を豊かにしてくれている身の回りの製品やハイテク産業機器に使われている素材や素子はそのような過程を通して開発されてきました。

 物質への "働きかけ"にもいろいろあります。物質を電場や磁場の中に置いたり、低温や高温にしたり、光やX線、粒子線をあてたり、力を加えたり、等など。我々の研究室では主に光を使って物質への"働きかけ"をします。そうすると、ある波長領域の光が強く吸収または反射されたり、入射した光とは異なる波長の光が散乱されてきたり発光したり、さらに、起電力を生じたり、熱を発生することもあります。そんな光応答の解析から、物質内の電子の状態や振る舞い、物質を構成している原子・分子がつくる格子の振動状態、その他の素励起状態(物質がエネルギーを得たときに取り得る量子力学的な励起の状態)を知ることが出来ます。また、それらが複雑に絡み合った状態を探ることもできます。さらに、電場や磁場中で、低温や高温下で、また超高圧下で光を物質に入射させることによって物質の光応答は多様で興味あるものになります。

 物質の方に目を向けると、それが持つ不思議な現象と潜在能力に魅せられます。ある物質に別の物質をミクロに張り合わせたり、小さくして埋め込んだり、繋げたり、つまりミクロに細工をしてやると、これまでになかった特異な性質を有する新しい物質系が出来上がります。人工的に半ば強引に作ってやることもあれば、天然の自己凝集性によって作り出されることもあります。そのひとつとして、半導体的性質を持つ無機物質と鎖長を選べる有機分子をミクロに組み合わせた無機有機複合ナノ量子物質の光物性研究を行っています。その物質では電子を閉じ込める次元を制御することができます。次元だけでなく閉じ込め空間の形状も制御できたらもっと面白いと思っています。その他に、半導体ナノ結晶、クラスター固体、カーボン系ナノ構造体、非晶質半導体などの物性研究も行っています。

 2000年、米国ワシントンDCにあるカーネギー研究所に半年間滞在しました。そこでは、直径0.05 mm、厚さ0.02 mmの小さな試料室内にメガバール領域(大気圧の百万倍)の超高圧を発生させ、低温下や高温下で光を使った様々な分光研究が行われています。そんな特殊環境下で物質はどうなると思いますか?様々な新しい状態(相)が出現してきます。例えば、絶縁体が金属となって超伝導性(電気抵抗がゼロになる状態)を示すこともあります。これらの極限状態下の物性情報はミクロ領域の実験技術が最近飛躍的に進展したことによって可能となりました。物性研究者にとって「超」や「極」のつく世界はさらに身近なものになろうとしています。