非晶質や高エントロピー合金に内在する局所構造とナノ結晶化や特異物性

非晶質合金とは、原子が規則正しく配列しようとするよりも速い冷却速度で物質をランダムな構造のまま凝固させたもののことです。
一般的に非晶質合金は、同組成の結晶質合金に比べて電気抵抗が数倍から数十倍高いです。
これは結晶質合金では構成原子が規則的に配列しているのに対し、非晶質合金では構成原子の配列に秩序がなく、自由電子の平均自由行程が短いことが原因です。
     
           Fig.1 結晶質合金と非晶質合金の違い

さらに最近では、面心立方や体心立法構造の結晶状態ではありますが、5元以上の元素を等組成で合金化した高エントロピー合金が新しいタイプの乱雑系合金として注目を集めています。高エントロピー合金では、原子は幾何学的には結晶ですが化学的に見たときの配置はランダムであり、さらに5元以上の元素からなるために配置のエントロピーが通常の合金よりも大きいという特徴があります。
さらに、サイズが異なる原子が結晶を構成するために結晶格子が不均質かつ局所的に大きく歪んでいます。高エントロピー合金は、高強度で延性に優れる、高温でも強度が低下しない、良好な耐腐食性を示すなどの特徴を有しており、高エントロピー&格子の不均質局所歪が関与していると考えられています。

     
           Fig.2 高エントロピー合金(HEA、左上側)と非晶質合金(左下側)の原子配置のモデルとパルス通電による局所構造変化

乱雑性からすると、高エントロピー合金は通常の金属と非晶質合金の中間的とみなすこともできます。下記にも述べますが、幾何学的にも化学配置的にもランダムである非晶質合金には局所構造が存在すると考えられており、高エントロピー合金にも同様な局所構造が存在する可能性があります。そこで我々はこれら2つの乱雑系合金について、パルス通電実験などを行い、その応答の比較から乱雑系物質に内在される局所構造の抽出・物性との相関について研究を進めています
パルス通電実験について説明します。非晶質合金にコンデンサ放電を用いて単パルス電流を通電することで、抵抗値が減少するといった特異な性質が発見されています。
これはパルス通電を行う事によって粒径数nm〜数十nmの結晶粒が形成されることに起因し、通常の結晶質合金には見られない現象です。

          Fig.4 パルス電流を通電することで非晶質合金中に結晶相が形成される


                        Fig.3 本研究で用いる単パルス電流

不思議なのはパルス通電によって原子がどのように変位し、結晶化に至るのかということです。

一般的に非晶質合金を結晶化温度まで昇温することで、原子の熱拡散によって結晶化します。
しかしながらパルス電流の初期電流密度は109 A/m2程度、放電時定数τは高々1〜10msecであり、 ジュール熱による試料温度上昇時間はせいぜい数十msecです。
この短時間に原子の熱拡散によって数十nmの大きさの結晶が形成されるとは考えにくいです。

そこで我々はパルス通電によって無拡散的に結晶化が生じていると推測しています。
すなわち非晶質合金中に存在する局所構造を構成している原子集団が、パルス通電によって何らかの機構で共鳴的に振動し、無拡散的に結晶化しているのではないかと考えています。

また、このような現象が生じるには、非晶質合金中に形成される結晶相に近い構造をもつ構造揺らぎの存在が重要となります。
しかしながら、この構造揺らぎがどのような状態で、どのように結晶化に影響を及ぼすのか、ということが未だ明らかにはなっていません。

        Fig.5 Ichitsuboらが考える構造揺らぎモデル (出典:Ichitsubo,et al,J,Chem,Phys(2006))


また構造揺らぎの状態などを解明することは、非晶質合金の中・長距離の構造把握をすることに相当します。
従って構造把握を行うことは非晶質合金にナノ結晶を分散させたナノコンポジット材料の性能向上等に応用出来るのではないかと考えています。

本研究では、パルス通電結晶化を通して、非晶質合金や高エントロピー合金などの乱雑系合金に内在する局所構造・構造揺らぎの把握及び特異物性との相関について研究を行っています。